鈴木 勝 研究室
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   (財)JTB 『観光文化』 VOL.157 (2003年1月号)

  
 「拡大する中国のツーリズム、その現況と展望」

                                        大阪明浄大学・観光学部教授 鈴木勝


「はじめに」
  

 国際観光機関(
WTO)は、2020年における世界ツーリズム展望の中で、「中国は、13,710万人の外国観光客を迎える『受入国NO.1の国』になり、一方、世界に向けては
旅行者1億人を出す『送出国NO.4の国』になるだろう」との予測をしている。
中国は、現在、この読みどおり、
21世紀の“国際ツーリズムの牽引車”に向け、着実にその地歩を固めている。先のアメリカ同時多発テロ発生に際しても、世界各国が国際観光客の落ち込みに呻吟するなかにあって、堅実に上昇気流に乗っている。
 
 
本稿では、近年、急速に拡大する中国のツーリズムの現況とその拡大要因を追求し、あわせて、将来展望と課題をインバウンドおよびアウトバウンドの両面から述べたい。特に、2001年のWTO(世界貿易機関)加盟を機に、中国ツーリズムを取り巻く、ホテル・旅行会社・航空会社などの観光産業そのものが変貌を遂げつつあり、中国の国際観光は、いま、画期的な時期にさしかかっているといえそうだ。

T]インバウンド観光(「受入国」として)の急速な進展とその要因 

 わずか10年前の1990年には世界12位であったものが、2000年には世界第5位の、有数の観光大国(3,122万人)にのし上がっている。なかでも
中国への最大の送出国である日本の伸びは急激であり、2001年には中国は世界全デスティネーションのなかで、前年まで第1位の韓国を抜きトップとなっている。2002年においてもこの地位を確保することは間違いない。
 インバウンド観光拡大の要因としては、まず中国の安定した政治的・経済的・社会的環境が指摘できるが、なんといっても中国旅行に対する“安心感”&“快適感”が急速に促進されたことである。
 ハード面から言えば、各都市・地域における多くの国際水準ホテルの新・増設、国際・国内の航空路線や便数増加、上海浦東新空港に代表される諸都市の空港建設・整備、鉄道・道路などの交通網の充実、沿岸諸都市から内陸部にかけての観光資源の活発な開発整備などがあげられよう。
 一方、ソフト面としては、ホスピタリティ精神の向上である。この土台を得て、旅行者のニーズに合わせて、航空機、宿泊、食事、各種観光面における選択肢の多様化が急速に進んだことである。例えば旅行の大きな魅力である「食事」がある。
 従来、「総合服務費」と称される費用の支払いでメニュー選択ができない“あなた任せ”のシステムであったが、現在では自由に選べるようになった。その上、バラエティーな内容になっている。
 かくして、
飛行機+ホテルだけで、自由行動の多いスケルトン(骨組み)型が北京や上海を中心に急増中。それにより、かつては団体中心であった中国が、1人旅行でも十分エンジョイでき、中国旅行はハワイやグアムの形態に急接近し、そのうえこれらのデスティネーションにない長い歴史と種々の文化に裏打ちされた魅力が加わっている。
 また、中国旅行となると、熟高年だけのマーケットとして捉えられてきたが、近年ではヤングOL、ファミリーなどあらゆる客層に広がってきている。しいて言えば、「ハネムーン・マーケットを除く」ということだろうか。こうしたマーケットを捕らえることができるようになったのは、すでに述べてきたハード&ソフト面の改善に加えて、中国国家旅游局を中心とした中国側各組織の、活発な
観光プロモーション宣伝を付け加えるべきであろうか。

[U]アウトバウンド観光(送出国として)の急速な進展とその要因 

 
中国流に言えば、“出境旅游熱”、すなわち「外国旅行ブーム」がアジア諸国を中心に続いている。2000年には、中国から世界に向けての外国旅行者は1,047万人(含:香港・マカオ)と急激な伸び率を示している。
 その直接的背景には1997年の「中国公民自費出国旅行管理暫定規則」の施行で、観光目的での旅行が許可されたことである。しかしながら、それ以前に
国外への門戸を開いてはきた。1983年は香港、1984年にはマカオ、1991年は指定旅行会社ツアーによるマレーシア、シンガボール、タイの5カ国・地域を親族訪問先として認可されてきた。その後、1997年以降これらの国・地域に加え、フィリピン、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、日本、ラオス、ベトナム、ミャンマー、ブルネイ、カンボジア、ネパール、インドネシア、ドイツ、マルタ、エジプトが加わった。
 これらの国々
は「ADS(APPROVED DESTINATION STATUS)観光目的対象国(地域)」と称され、現在では20カ国を数えている。訪問国追加につれて、“出境旅游熱”が加速されてきた(中国人の外国旅行は観光目的の場合の渡航先は、自由に選択できるわけでなく、この「ADS」の国々に限定されている)。

 このブームの要因は既述の出国規則に加え、次のような事情が掲げられる。
@改革・開放政策の進展による中国人の経済的ゆとり、
A労働時間の大幅な短縮、すなわち、土・日曜の週休2日制、年3回(「春節」―旧正月―、「労働節」―メーデー―および「国慶節」)の7連休制度、
B国内旅行の割高感などである。
 
 一方、中国政府は、国外旅行の段階的解禁を実施していく中で、訪中外国人とのバランスを取りつつ、「計画的、組織的、制限的な方針を堅持し観光を発展させる」と表明している。簡潔に言えば、まず「外国人のインバウンド旅行」、次に「中国人の国内旅行」、最後に「中国人の海外旅行」とし、これはインバウンド実績いかんとする。

[V]中国における観光産業の対外開放―WTO(世界貿易機関)加盟を機に
 
 インバウンドの急激な伸び、一方、増加するアウトバウンドに重要な関わりを持つ存在として、「旅行会社」、「ホテル」、「航空会社」がある。これらの動きが、今後の中国観光を大きく左右することになる。
 まず、「ホテル」は他の観光産業に先んじて開放され、国内には多くの外資・合弁ホテルが建設され、
ヒルトン、シェラトン、ウェスティン、シャングリラ、マンダリンなど、世界トップクラスのホテルが北京や上海に林立している。また、これらと競争する民族系ホテルも近年、格段の改善度を誇っている。今後も、世界ホテル・チェーンの活発な進出が予想されている。
 
 
次に「航空会社」に関しては、1987年に国営中国民航は「非効率」、「低サービス」、「官僚主義」排除を標榜し、競争原理を導入し、国際航空、東方、西南、西北、南方、北方の6つに分社化された。しかしながら、近年の熾烈なグローバル競争に対応するため、2002年には3つの航空グループへの再編成に向けて走り出した。

 ところで、3番目の「旅行会社」は先行きが案じられたが、ようやく合弁旅行会社の設立が可能になった(「中外合弁会社モデルケース暫定法」)。これに則り、2000年の「新紀元国際旅行社有限公司」(JTBグループ・日中初)をはじめとし、2002年まで合弁旅行会社は11社(米・仏・スイス・シンガポール・香港など)を数えている。なお、これら外資系旅行会社は中国人の国内旅行や外国旅行の取り扱いを視野に入れているようであるが、外国旅行は当面、制限付である(同時に、100%外資旅行会社設立も同様である)。
これら旅行会社、航空会社、ホテルなどの観光産業の状況から、これからの中国観光はさらに大きく動くことはまちがいない。

[W]中国・“さらなる観光大国”への課題―

 
急成長の中国の国際ツーリズムではあるが、課題は少なくない。これらを乗り越えなければ、冒頭の“観光大国”への道は険しい。
 第1に観光産業における「人材育成」。両分野の急激な進展とともに人材の育成が不十分となっている。アウトバウンドでは急激な拡大のため理解できないではないが、一方のインバウンドは国家的に最優先である。観光開発・振興が中国全土に広がっているが、全国均一的な品質が保たれなければならない。なかでも近年の急激な拡大で、観光ガイドなどの質の低下が指摘されている。長期的に人材面を考慮した場合、観光産業が魅力ある分野として、有能な人材が集まるようにして行かなければならない。

 第2に「安全・緊急対応システムの確立」である。特に、インバウンド分野における航空やバス・列車などの輸送に対する安全確保への留意が必須である。

 第3に「近代的観光マネジメントへの脱皮」である。特に、対外開放面で後発の旅行会社に言えることであるが、旅行会社以外の組織(例:外事弁公室・その他一般組織)による旅行業務などは、中国観光産業の発展上、安全確保、品質向上から考えた場合、大きな阻害要因になっているように思われる。
 その他「持続的な観光地開発」や「観光宣伝」などに課題があるが、常に中国観光振興のグリップを自分の手にしつつ、外国人の知恵とアドバイスを積極的に受け入れることだろう。(了)