鈴木 勝 研究室
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GREEN PORT REPORTFORUM
「返還でどう変わる香港観光事情」

プロローグ]「香港から大型トラベル・ミッションがやってきた!」
 
中国への返還を2ヶ月余に控えた19974月初め。香港観光協会(HKTA)理事長・エミー・チャン女史をリーダーにして、香港の主要なホテルの総支配人、観光関係者のトップが日本の南から北を駆け巡った。
71日に主権が英国から中国に返還されても、香港は変わらない!」と日本の各地で返還後の観光事情を精力的に説明する一方、いかに安全かを説くためわざわざ、“ロイヤル香港ポリス”を引き連れてのおでましとなった。われわれ旅行エージェントにとって、観光協会の理事長の来日以上の驚きは、ホテルのトップメンバーが大挙してやってきたことだ。つい最近まで世界中のホテルの内でそのトップに会うことが一番難しい所といえば、例えば、仕入れや値段交渉の際に、「それは香港サ!」とまでいわれていたメンバーがこれほど数多くミッションでやってきたのは初めて。裏を返せば、それほど返還後は香港観光産業にとって、大転換期に差し掛かっている証明でもあろう。たしかに、二年ほど続いてきた猛烈な“香港観光ブーム“も返還の年を迎えた今年の1、2月からやや減速し始めた。(参考 1月:前年比10.0%増、2月:8.6%減……96年通年40.9%増、95年通年17.4%増。したがって、955月から連続した“前年オーバー”の記録は22ヶ月目でストップしたことになる。)加えて、返還後の観光客の出足が悪いと“噂”が出始めてきたからだ。こんな情勢に香港観光の推進役のトップメンバー達が直接、触れるためやってきたもの。他方、こんな風聞を吹き払うために、「トキメキ100日間キャンペーン」を返還後直後からスタートさせよう…と、その“お披露目”の目的も兼ねていた。同時に近隣諸国、いわゆる観光産業の“コンぺティター”〜この12年ほど、香港の一人勝ち(?)でやや伸び悩んでいるシンガポール、韓国など〜の復活を許すまいとする作戦とも見受けられた。とにかく、このような状況の中、世界中から注視の的ともいえる期間に、“魅惑の香港”のアピールは最高の作戦を仕掛けたことになる。

[T][“観光立国”「英国領・香港」…成長し続けてきた香港…]
「急ごう! 香港」…このキャッチフレーズの効果が効きすぎたのかもしれない。返還前の香港を一目見に行こうとする人が急増。もともと、香港はリピーターが多いところ。HKTAの調べでは、この国へのリピーターは47パーセントと多く、これに加えて始めての旅行者が増えたからこんな数字になった。うなぎ上りになった数字は別表のごとし。
なぜ、こんなに爆発的ブームを巻き起こしたのだろうか?溯れば、スタートは
95年の阪神大震災の影響が一段落した頃、すなわち95年春。そして、その勢いを増したのは返還まで一年を切った頃だ。‘966月・7月にかけての新聞・テレビ・雑誌、特に女性誌やテレビでは「香港特集」が組まれてさらに熱気を煽る。グルメ誌、情報誌、果ては書店の店頭には「香港コーナー」まで登場する始末。最大の盛上がりは96年の12月。クリスマス時期から年末にかけてはもちろん、例年ならガラガラ状況の上旬と中旬にも3ヶ月ほど前からの申込みも多く、出発日によってはホテルが確保できず、「満員御礼」の通知を出すケースもあったほど。これは返還の前年に行っておこうという旅行者心理が大きく作用したものだろう。結局、こんな心理状態が作用し、HKTA発表数値は前年比 %の高率となる。返還前に是非一度は行きたいという“駆け込み需要層”で‘96年の香港観光は大記録を樹立。年間の日本人渡航者数が238万人(対前年比で40%増)。昨年まで一番のハワイを追い抜く状態(ちなみにハワイは 万人)となる。これ以外の記録は世界でナンバー・ワン。前年度一位および二位の中国、台湾の渡航者数を追い越したことになる。
  ところで、世界中からの香港への旅行者数はどのような動きを見せているだろうか?日本人マーケットのみならず、欧米やアジア地域の動きも活発になっている。世界全体としては96年:14.7%増、95年:9.3%増の高率を示している。特に顕著な国はイギリスは96年:101%増、95年:5.0%増と“宗主国”として最後ともいえる活発な動きを示し、そして隣りの韓国は96年:123%増、95年:25.0%増と、日本並みの勢いだ。
 さて、世界全体の大きな伸びを検証する方法として、ホテルの稼働率があるが、香港全体の平均で85%を超える状況は、全世界が約65%とみればはるかに高い水準をキープしていることになる。ところで、どんなに新聞・テレビ・雑誌で宣伝されたにしろ、素材そのものに魅力がなければブームは長続きはしない。どんな魅力が香港にあるかといえば、@ショッピング(特にブランドもの)、A(グルメ…中華料理)、Bエステティック
、C夜景・夜の繁華街、D手軽なフライト時間…、とにかく、いろいろ出てくるが、何でも気軽にエンジョイできることがその秘密なのだろう。しかし、香港の魅力の12位を争うショッピングが最近の円安の影響もあり、その順位から徐々に降ろされている。
  さて、香港は多様なマーケットを魅了する デスティネーションとしても、売れている。「リピーター」、「ビギナー」、「OL」、「グループ」、「熟年」、「ファミリー」、「社員旅行」…、どうやら、香港への日本人観光客の層はあらゆる分野にまたがる。ここに登場しないのはハワイやオーストラリアでシェアーの高い「HM(ハネムーン)」のクラスターなのかもしれない。また、これらの中で、目立つのは3040代の女性のグループ。どうやら、イギリス統治下の香港をもう一度(または一度は)体験しておきたいという願望がかなり強いのかもしれない。後述のアンケートなどでは中国に返還されたら、香港の観光事情ががらりと変化するだろうと思うのはこの層に強いのだろうか?
  ところで、魅力はいろいろあるが、中でもこんな点が抜きんでている。予算、目的に応じてどんな旅行も揃えてくれる。たとえば、「デラックスホテルでのんびりしたいヮ」、「ホテルは立派でなくてもいいから、食事にはゼイタクを…」、また、「とにかく一番安く行きたいナ!」。今の香港はこんな調子で何でも準備してくれる。
 さて、返還ブームの真打は“返還日特別ツァー”。返還日を香港でと、いわゆる「歴史的返還特別ツアー」が売り出しとともに満員になったニュースに接した読者も多いだろう。価格は通常時期の2〜4倍の旅行代金。ホテル側の厳しい条件(通常の2〜4倍の部屋代、最低宿泊基準5〜6泊、事前支払い主義など)の結果、こんな金額になる。この手法は“香港人商法”の典型なのかもしれない。「超満員」という状況も返還期日を直前にして、変化が出てきている。香港のホテル関係者などの話を総合すると、どうやら、式典の行われる「香港島」は文字どおり満員だが、「カオルーン」サイドのホテルでは空き室が出てきているらしい。確かにこんなに厳しい条件では当然だろう。しかし、条件をいまさら緩和すれば、いろいろな波紋は出てくることになる。香港のホテルの今後の手腕が見所であり、この方法を間違えれば返還以降に大きな禍根を残すこと間違いない。一方、ホテル不足からクルーズを仕立てた「返還記念クルーズ」(香港の海と空と大地のもとで、感動の歴史的瞬間の体験を!)も今でも、かなりスペースが残っている。これも香港のホテル事情の誤算の余波を受けている。

[U][“観光立国”「中国領・香港」…“香港ブーム”は続くか?]
  返還以降の動向数値としては、残念ながら香港政府観光局といえども感触の域を脱していない。抽象的に述べてもなかなか、説得力がない。したがって、返還後の動向を占う一つのデータとして具体例を出したい。つい最近、香港返還後の観光に関して、弊社パッケージツアー「ルックJTB」としてアンケートを実施した。広く意見を求めるために社外一般のリテーラーも含み、116店舗から多くの回答を受けることができた。(一店舗から複数の回答を受ける方式を採用。)したがって、マーケットにかなり合致した内容だろうと思っている。

皆様、ご存知のように‘97年6月30日をもって、香港は中国に返還されます。この期を境にいたしまして、日本人の香港旅行の販売状況に大きな変化が見られます。ルックJTB「香港」も同じ傾向を示しております。(97年4月11日現在)
1)返還
(4月〜6月末)まで…同期比<対前年比> 平均 156%
2)返還後(7月〜9月)………
平均 31%
「返還後」の低い数値について、お尋ねいたします。
974月〜6月の販売状況に関しては一般情勢と異なる(やや高率になっている)としても、返還以降の状況に関してはおおむね、実態を反映しているものと思われる。すなわち、同時期の比較を行えば、3ヶ月平均…31%(7月…40%、8月…28%、9月…15%)という異常な低さ。(なお、この数値はあくまで同時期比であることを銘記願いたい)。このアンケートでは低い数値の要因を探求するだけでなく、それをいかに克服するかが中心課題。アンケートに寄せられた克服の方法論を紹介する一方、返還以降のツーリズムを検討したい。これらの問いへの回答が「今後の香港」の浮沈を左右することでもあろうし、短期・中期的に見たら日本からの旅行者のアップに大いに貢献するものと信じている。
81点(26%).....返還後の情勢が不明確なため(治安、入国など)。
*中国のイメージが強く、自由が無くなるのではないか、という危惧がある。
*政情不安が一番大きく(特に中年女性)最低1〜2ヶ月は様子を見ないとわからない。
*返還後の問い合せも多いが、しばらく様子を見てから検討したい、というお客様も多い。
VISAの関係や、ショッピング等に影響があるのかどうか、確実な情報が無い。
*実際がどうであれ、英国領から中国になるというイメージダウン。
  このアンケートで分かるように「社会情勢の不透明さ」がトップになっている。「治安」、「ビザ」、「ショッピング情報」など、旅をセールスしている旅行社側でさえもがかなり、情報不足を感じている。現在、新聞・テレビなどのメディアがいろいろな情報を流し、政府が「50年間は変わらない」と何度発表しようとも、報道のアングルにより反対に不安感は募るものらしい。治安や香港ドルに発した心配は観光、ショッピングなどに自由がなくなってしまうのではないか、またはグルメ天国が消失してしまうのでは、との不安感に結び付けている。
57点(18%)......昨年までの数値が異常なため。
*「返還前に行こう」というキャッチコピーやコースが多かった。
*一時期の盛り上がりは異常だった。

50点(16%......香港へは返還前に行ったので、当分行かなくても良い。
*お客様が口を揃えたように、「返還前に...」と言いながら申し込んでいることから、マスコミの返還特集雑誌にあおられている傾向が強いと思われる。
*96年度中に「最後に
...」と申し込まれた方が多い。
48点(15%)......香港ツアーの代金が上昇しているため。
*「安近短」の「安」が無くなっている。
* 他国(シンガポール、バンコク等)に比べると、ホテル代を含めランド代が高すぎる。
  
数値が低い原因としては4位ではあるが、実質的な原因として1位の「社会情勢の不明確さ」に次ぐものが、この「価格高騰」。ここ23年ほど、ホテル料金の高騰は異常なほど。毎年、1015%もの値上がりを続けているし、返還後の7月以降さえ継続した高いレートである。ここに来て修正を余儀なくされているホテルも多少あるが、全体的には強気の姿勢は崩していない。したがって、現在の香港旅行の料金は他のデスティネーションと比較した場合、大きな開きが生じている。
これからの増売策として、どのような方法が効果的と思われますか? 73点(38%)......販売代金を下げる。
代金が高いというお客様の声が多いので、代金を控えることが一番増売へつながると思う。
49点(25%)......宣伝・販売促進(その方法として…)
*「返還後、香港は!」というネーミングで。
*パンフレット・ポスターで返還後の香港を明確にし、不安をなくす。
*返還後の治安・物価・ショッピング等を明確にする。
返還後の新しい魅力と、変化しない魅力をアピールする。
*「値段が下がった!」「新しい香港を見よう!」というネーミングで。
*返還後しばらくは、熟年層を中心に「今までとは違う香港」として販売強化する。
*「返還後の香港」ということで売り出すしかないが、変化がなければ難しい。中国との組み合わせも一つの案
*ツアー代金が高くなり、ショッピングでは打ち出すほどブランド物が安く揃っているわけではないので、他の魅力を見出さないと売れないと思う。
*「おいしいものが食べられる・安くショッピングができる・魅力的なホテル・エステ」この4点が変らなければ、売れていくと思う。
*今現在の情報では、返還後に香港がどうなるのかわからないので、何とも言えない。

 このアンケートの中には「新生・中国香港」の観光促進のために多くのヒントが含まれていると思う。香港では観光産業が近い将来ナンバー・ワンになるかもしれないといわれている。なぜなら、95年の統計によれば、外貨獲得産業のベスト3は@アパレル・繊維 A観光 B機械・部品となっている。一位のアパレル産業が人件費の高騰に苦しみ、生産拠点を中国本土に移転しつつある現況からして、観光産業が一位のポジションに上がるのは順調に行けばそれほど、遠い話ではない。
  さて、新生香港の基幹産業になるための「課題」はなにか?
まずは、「香港の中国化」現象。これには様々なことが含まれことになる。観光産業に関連するキーワードをピック・アップしてみたい。

*「治安」…最近のヤングレディーはフリー・タイムになんでもチャレンジ。ショッピング、グルメ散策、エステ…と。しかし、治安面が心配で、窮屈でおもしろさがなくなるとなれば、“香港への潮”は直ちに引いてしまう。また、ファミリー旅行が拡大しているトレンドの昨今ではさらに「安心感」が大事。

*「英語vs.中国語(普通語)」…レストランやタクシーなどで、最近、英語が通じなくなったという話題が増えている。大陸からの中国人が職に就くケースが増えてきたからである。“観光立国”「中国領・香港」としては英語教育は必須の条件。たしかに、基本法では「中国語以外に、英語も使用できる」と謳われているが、最近の香港人の(北京語)勉強熱は大変なもの。これからは中国語(広東語、)そして英語の交錯した香港が誕生することになる。しかし、大陸中国人と同様英語教育は欠かせない。
*「中国式マニュアル」…いわゆる、人治主義。中国人のように“(グァンシー)”でビジネスをすること自体、決して悪いことではないが、悪い習慣が拡大すれば効率的な仕事の妨げとなる。現在の香港人の柔軟的でスピーディーな仕事ぶりや徹底したサービスを切望したい。
*「香港ドルvs.人民元」…従来は中国の「人民元」は香港では一般に使用もできず、また両替も不可能であったが、最近の香港では大変化。香港の街の通りのあちこちにある、両替商や銀行の店頭にはあざやかな中国国旗「五星紅旗」のマークと「人民元・大歓迎」の文字。香港に大量の人民元が流れてきている。こんな面では不安でもあるが、香港ドルも負けてはいない。隣の広東や深土川で大いに使われている。今では発行された香港ドルの
30とか、40パーセントが中国に行っているとか。アメリカドルに裏打ちされた香港ドルの流通範囲が拡大されて、ゆるぎない安定感の保持を望みたい。

  ところで、香港の観光産業がナンバーワン産業になるためには上述のような不安材料もある。しかし、これらを“新しい香港”が乗り越えられれば現在の香港ブームは一時的には下がっても復活でき基幹産業になれる、と信じている。
他方、好材料も多い。まず、新空港。98年4月に開港する、チェク・ラプ・コック空港。航空需要に対応するために、現在のカイタク空港に取って代わる。ランタオ島北部に位置し、3、800メートルの滑走路
2本を持ち、24時間体制となる。空港と香港市内を結ぶのは34kmの空港鉄道が敷かれる。これらが完成すれば、現行のカイタク空港に比較して40%増の旅客処理能力を持つことになる。
次にホテル建築ニュース。ここ数年の香港のホテル状況を述べれば、‘
88年以降、香港島にはトップ・クラスのホテルが相次いだが、一時期(94年には)、オフィス需要の高まりで投資効率の良いオフィス・ビルディングにチェンジ。しかし、再度、増加傾向を見せている昨今である。
9485 95 95 96 87
9793 98102 99108
 新空港がオープンする98年にはホテルの増加が加速される勘定になる。ちなみに供給量はといえば、96年が33276室であり、99年には42933室の予定なので1万室増える計算になる。したがって、99年末には世界一のホテル激戦都市になること疑いない。高度の競争下でサービス・アップへ繋がり、また、適正レートになることは大歓迎。
3番目として、「観光開発への熱意」がある。香港・マカオ・中国政府、いわゆる“仲良しトリオ”の観光開発合作第一号である、『珠江デルタ』プロジェクトは2年ほど前に打ち上げられて現在進行中のもの。香港をゲート・ウエイにして、中国南部(広東省)とマカオを周遊して三地区の魅力を引き出そうとする構想。このプロジェクトに沿って、いろいろなツアー・パンフレットが旅行社のスタンドに並んでいる。最近では航空機の都合で、ゲート・ウエイを広州にしたり、マカオにしたりのコースもできている。近い将来、香港と中国の北京、上海、西安などを結んだ“ビッグ・トライアングル”もポピュラー・コースとして登場してくるだろう。となると、香港観光局と中国国家旅游局との密着した観光プロモーションは不可欠となる。
また、HKTAはインセンティブ・ツアーやコンベンションにかなり力を入れている。中でも法人需要を拡大しようと大型センターの建築に力を注いでいる。会議&展示複合施設「国際トレード・エキジビション・センター」は二年前に完成し、今年は「香港コンベンション・エキジビション・センター」が拡張される。また、日本企業に対応したイベント・テーマパーティーも香港の地にマッチしている。特に、社員旅行など日本からのアクセスを考慮すれば最適というところ。
さて、私はここ数年、歴史的転換期の香港を毎日、みつめて生活をしている。観光ブームの“プロモーター役”でもあり、また“仕掛人”の一人と呼ばれている。“レッセ・フェールな香港”が続き、中国への返還が更なる飛躍へのステップであることを切に祈っている。