「海外危険情報」に対応する要領は、各旅行会社は独自の取扱基準を作成して、「主催旅行」と「手配旅行」を区別し実施している。主催旅行の場合を取り上げれば、下記の基準化が一般的である。
*「危険度1・注意喚起」 通常どおり催行。
@
契約前において・・・販売店は旅行客に、具体的な注意内容を記載した外務省の発出の書面を渡し、注意喚起地域であることを説明する。
A
契約後〜出発までの間・・・@と同様のことを説明する。
B
旅行実施中において・・・主催会社が添乗員や現地支店を通じて、@と同様に説明する。
*「危険度2・観光旅行延期勧告および危険度3・渡航延期勧告」
@
催行中止をする。ただし、この場合には取消料金は収受しない。
A
実施中の旅行については・・・勧告が発出された時点で、旅行客に説明し、できるだけ早く旅程変更を行ない、当該地域から離れる。
*「危険度4・家族等待避勧告」および「危険度5・待避勧告」の場合の取扱は、「観光旅行延期勧告」、「渡航延期勧告」と同様とする。
なお、手配旅行の場合にも主催旅行に準ずるが、契約責任者である旅行客に旅行の実施をするか否かの判断を求める点で大きな差異を持つ。したがって、「危険度2」、「危険度3」における旅行の取りやめは旅行客の意思により実施し、取消料金なども旅行客負担とする。
ところで、外務省は「法令上の強制力をもって渡航を禁止したり、退避を命令したりするものではない」と「海外危険情報」を位置付け、旅行者自身の「自己責任原則」に基づくと述べている。一方、観光行政を管轄する運輸省からは、「現行区分では『観光旅行自粛勧告』(危険度2)以上の発出をもって、主催旅行の新たな出発は中止、すでに出発後であれば、対象地域への旅行を避けるか、日程を中断して帰国することが、事実上義務付けられている・・・」。危機管理の観点から、運輸省による判断は外務省の情報に基づいたより慎重さのある手段である。(なお、「注意喚起(危険度1)」の段階であっても、主催旅行の参加者には書面の交付を行うことを通達で義務付けている)。両省の違いが現実に存在している。
ところで、当該危険情報に関して、外務省としてはどの程度の規模で、いつ頃まで続くかどうかなど在外公館長に判断を求めるが、主要各国の対応などを斟酌し最終決定は外務省本省が下すことにしている。発出、継続などにあたっては、当該国との二国間関係も配慮される場合もある。原則として、「海外危険情報」を3ヵ月毎に見直し、状況に大きな変化が生じなくても「継続」としての情報を再発出し周知徹底を図っている。しかしながら、外務省の危険度発信のタイミングが実際面と合致しないケースも時には生じている。たしかに危険度のランクを下げる緩和や解除に踏み出す具体的な事実や証拠を示せる場合は稀であり、したがって時間がかかることは肯定できよう。発出よりむしろ困難なケースは緩和と解除と言えよう。
発出や解除に関して、主要な国々が観光旅行に対して発出していない、もしくは解除しているのにかかわらず、なぜ日本だけが制限しているのか、あるいは事件などが発生している地域とかなり離れた地域でありながら危険情報の対象となっているのはなぜであろうか、と我が国旅行業界や相手国から疑問を呈せられたこともある。
外務省の「海外危険情報」の影響を受け、我が国旅行産業界が、営業的に苦境に立たされる場面が生じているケースは少なくない。
(C)「安全配慮義務に則った旅行の催行」
既述の判決(東京地裁昭和63年12月27日)から明らかにされた義務であり、具体的には下記のような内容となろう。
@「旅行企画に当たっての安全に配慮したプランおよびその実施」 主催および手配するツアーに対しては、企画・現地・販売個所は各種情報(特に安全面に留意し)を収集し、プランニングや実手配を行わなければならない。
A「各種安全情報の提供」 外務省発出の「海外危険情報」などに即応した取り扱いをすることになる。
B「緊急の際の対応」 旅行実施中における事故・事件発生時に際しては、緊急体勢で可能な限りの対応を行うこととする。
AおよびBに関してはすでに述べたが、ここでは@について触れることにする。近年の低価格化などの影響で種々の問題提起がなされている。例えば、低料金で契約した海外のバス会社やボート会社が引き起こした事故、または正規の営業ライセンスのない土産品店所有のバスによる市内観光やトランスファー中の事故など、これらはアジア諸国だけでなく、他の地域でも見られ危機管理の観点からも問題をはらみ、事実、事故発生に際しては補償などで問題が生じている。
一方、危機管理や安全管理に関し入念に注意を払う旅行会社もある。特に、特定地域に強い旅行会社は治安問題を重視し、危機管理に関しての意識が強いことが特徴であり、入念な対応策を講じているケースが多い。例として、トラベルジャーナル誌によるツアー・オブ・ザ・イヤー1995でグランプリ賞を受賞した「ユーラシア大陸横断50日間バスの旅」の企画・催行に際しては、催行前の数年間、長期間の現地情報収集、入念な企画検討、現地踏査などの安全管理・危機管理対策が実施されたことが報告されている。
(D)「海外販売オプショナル・ツアーにおける安全管理」
旅行会社が自社のツアーに参加した顧客に、現地オプショナル・ツアーを販売するケースが多くなっている。ツアーの多様化と販売増加により、アクティビティー中の事故が増えている。危機管理の一環として、一定の「安全基準」を設けられていることが一般的である。我が国旅行業法・約款では、主催者が現地法人の場合には、募集パンフレットにあらかじめ主催者名と準拠法が明記されていなければならないとする。これは日本の旅行業法や約款には従わないことを明示する必要があるからである。企業により「現地申し込みオプショナル・ツアー」販売に対して、下記のような危機管理の一環としての安全基準を設定しているケースもある。
・
ツアー主催者は当該地域の法令・官公署による各種の指導(衛生基準や営業許可など)を守っていること。万一、これらの指導がない場合には、過去1年間に旅行者に人身事故などの重大な事故が発生していないこと。
・
ツアー主催者は事故が発生した時に、責任者が明確であり、緊急対応が可能なシステム作りを行っていること。
・
ツアー主催者は、一定水準の賠償責任保険に加入していること。
一方、現地での販売に関しては、下記の事項を明確に顧客に伝えるものとしている。
@現地ツアーは、催行会社の安全管理義務や事故が発生した場合の責任範囲などは現地法に従うこと。
A参加・不参加は顧客自身の判断であり、特に危険を伴うスポーツにおいては、安全管理は顧客が行うこととする。
また、上記判断基準に加えて、事故が発生した場合の販売中止や再度、販売開始を行う判断は事故そのものの内容・原因・改善実態を見極めた上で、総合的に行うことが一般的に実施されている。
(E)海外支店における危機管理
最近の国際トラベルビジネスの展開に関して、旅行会社の海外支店の動きはその先兵的役割を持ち、ますます激しくなっている競争に打ち勝つキーとなり、また危機管理面からも重要になっている。その海外拠点としての機能は、旅行会社の規模の大小もあるが、一般的に下記の項目が包含される。
・地域経営機能 ・情報収集機能
・VIP(重要顧客)対応機能 ・CS機能
・ランド・オペレーター機能(インバウンド・ツアー)
・発営業機能(アウトバウンド・ツアー)
・旅行関連事業開発機能(旅行周辺ビジネス 例:バス会社、土産品など)
・担当国・地域の観光プロモーション活動機能
・危機管理対応機能
総じて、日本の本社や営業店舗との連携強化により、グループ全体の営業強化を図る機能が期待されている。特に、近年において事故や事件の多発、海外修学旅行の増加などの事情で「危機管理機能」の充実が強く求められるようになってきている。しかしながら、旅行会社の経営的観点から在外拠点の整理統合、撤退が進んでいる実態がある。その整理・統合・撤退の対象となる地域は営業上問題とされる拠点ではあるが、危機管理対応面で必要とされる拠点が多い。例を挙げれば、インドシナ半島のベトナムやミャンマー、また中国などである。日本の旅行会社で拠点進出を行ったが、後年経営上等の観点から撤退、縮小を実施している事例もある。今後は、危機管理面と営業的観点からどのように拠点展開させるか、国際トラベルビジネスとしての大きな課題でもあろう。
海外拠点の機能のうち日本でコントロール可能な事項も多いと考えるが、危機管理対応の働きは現地に熟知していない限り十分な働きを行い得ないことを、撤退や縮小に際してはより考慮すべきものと考える。
一.危機管理と国際ツーリズム振興
旅行上、「危機管理」および「安全性の確保」が、いかにツーリズム振興に貢献するかをここで検討する。なぜならば、日本人にとり外国旅行への阻害要因を調査すれば、「安全への危惧」がトップに位置しているからでもある(参照:表3)。特に、堅実な伸びを示すOL、ファミリー層や滞在型旅行者にとって、特に阻害要因となっている。したがって、「安全面」を強力にPRすることにより、ツーリズム振興が図れ、競合するデスティネーションを凌駕する決め手の一つともなろう。
図3
海外旅行の阻害要因
|
1999年
|
1
治安が心配である
|
36.0 %
|
2
言葉に不安がある
|
35.8
|
3
食べ物が合わない
|
31.7
|
4
費用がかかりすぎる
|
29.0
|
5
健康に不安がある
|
28.7
|
(資料)財団法人日本交通公社「海外旅行志向調査」
「『旅行費用の問題』、『言葉の問題』は日本側の商品開発の如何によって解決可能な問題であるが、治安の問題は日本側では如何ともしがたい問題である。治安に対する不安の問題はテレビなどの報道機関から伝えられたニュースによるものであり、受入国側の観光宣伝の効果を大きく減殺するものである」と言及している如く受入国の危機管理対応が、より強く要求される。対応いかんにより、ツーリズム振興に大きく貢献することもあれば、一方、対応が不十分で著しく国際的信用を落しめツーリスト数を減少させたケースが少なくない。
例を挙げれば、1995年に生じたインドネシアでの「コレラ事件」がある。ある面では、政府や政府観光局の対応が、長期間、長引かせた原因ではないかと思われる。「日本マーケットはセンシティブであり、1995年にはコレラ騒ぎで日本人だけが来島しなくなった…」と述べ、または、「コレラは存在しない」と否定し続けたが、もし事実関係の早期発表を行ない迅速な対応にでていれば、ツーリズム復興はより早められたのではないかと思われるケースである。
また、異なる事例であるが、1997〜8年にかけてインドネシアを原因とするヘイズ(煙害)禍のためアジア近隣諸国の多くが影響を受け、ツーリストが激減した。しかしながら、そのヘイズに対する各国政府観光局の危機管理対応には差異が存在した。各国の危険情報の解除へ向けての努力に懸命な国家や政府観光局がある一方、不熱心と見られる国もあったことは事実である。このようなケースの場合、常時、情報を捉え、海外の旅行会社やメディアなどへ発信を試みる必要があろう。この違いによりツーリズムの復興の差異が生じることになる。
四. 21世紀の旅行産業における危機管理
1)危機管理システムの再構築
@旅行会社 いずれの企業にとっても、我が社では発生しないもしくは、関係がないなどとの消極的意識を持つことなく、「必ず、いつかは発生する」との意識で、危機管理体制の強化に取り組むべきである。また、低価格志向の中にあって、「安かろう、危なかろう」のツアーを排除し、「質の高い商品」の販売を目指していかなければならない。そのため、各企業とも危機管理や安全管理対応には今以上の時間と資金を投入すべきであろうと考える。質の高い商品の販売を行うことは、すなわち社会的評価や信用を得ることに結びつこう。対応の失敗に起因し、一旦失墜した信頼を回復するには、いかなる保険を付保しようと返らないものが多いし、たとえ、回復しようとも日時と費用が掛かるものである。
方法論として下記の指針が具体的、実践的である。「組織の最高責任者層が危機管理方針を決め、その実現のための計画(PLAN)を立て、次にそれを実施・運用(DO)し、その結果を点検・是正(CHECK)して、不都合があれば改善・見直し(ACT)を行ない、再度計画を立てる『PDCA』の危機管理サイクルをつくりあげることである」。
この危機管理指針に照らした場合における、旅行会社に存在する課題をいくつか掲げてみることにする。
* 旅行会社による「海外危険情報の積極的開示の必要性」 「今後一層、旅行の内容・品質・旅行を取り巻く情報等の開示の要請が強まってくることが予想される。消費者の自己責任の確立、また旅行業者のより高い信用確立のために、従来ともすれば、旅行業者の認識が希薄で、またデメリットとして見られていた『海外危険情報』の積極的な提供を・・・切望する・・・」。この指摘に沿った姿勢が今後、さらに必要とされる。
* 旅行会社における危機管理に対する専門家の配備および養成 既述のごとく危機管理対応には知識、経験、ノウハウなどを有する専門家の配備が必須であるが、営業優先による人事異動などではこの事情が軽視される場合が少なくない。同時に、企業内における危機管理講座の開催なども最近の収益中心主義に引きずられ、不十分になりがちである。
* 「旅行会社の部門分離から生ずる課題」 企業組織の拡大、もしくはその対策としての分社化の実施で、企画造成担当者とセールス担当者との情報収集の差異や意識の乖離である。重要な海外危険情報が発出せられているにもかかわらず、販売側ではその情報を得ていないケースが該当する。企業一体の、危機管理意識の昂揚を高める必要があろう。
* “旅行プロ”としての意識 コスト削減の影響を受け、現地事情の把握が不十分なケースが少なくなく、いわゆる「ランド・オペレーター依存型」も多く、旅行催行者としてのプロフェッショナルな知識が今後さらに消費者から求められるであろう。
A旅行産業全体
危機管理対応に関して、旅行会社一社だけでは今後ますます限界が生じてくるであろう。したがって、業界合同の危機管理は必須となろうし、海外観光関係者との常日ごろの緊密な連携が重要であるし、時にはミッションや下見団の派遣も効果がある方法論である。また、政府機関(日本の外務省・運輸省など)とのパイプも重要である。このような観点から、2000年を迎えるに際してのコンピュータ上における「Y2K問題」は官民共同による危機管理対応の模範の一つであろう。また、最近スタートした民間レベルの「OTOAドット・コム」はランド・オペレーターの立場から、積極的に現地情報提供を「海外危険情報」を発出する外務省に対して行うものであるが、今後、信頼できる補足資料として有効性が期待できると考える。
2)旅行会社と消費者
事故やトラブル発生の原因を探求した場合に、旅行者の認識不足やモラルの欠如に起因している場合が少なくない。近年、旅行形態として団体からFIT志向が急速に進む一方、ヤング層に見られるように短期型から留学やワーキング・ホリデーなどのような長期型に変化している。同時に、格安航空券やペックス運賃(個人回遊運賃)の旅行者が増加している。したがって、旅行産業は旅行者に対する危機管理の意識や自己責任主義を訴えることに、今まで以上に力を入れる必要が生じている。一方、外務省はホームページで海外渡航情報を積極的に流すとともに、2000年から「海外安全週間」の実施予算を拡大させ、キャラバンを組み、地方都市で海外安全セミナーを開催している。
<むすびにー適切な危機管理は旅行産業の社会的責任ー>
危機管理の適切な実行により事故率を減少させる効果があり、このことは社会的費用の削減を意味する。近年の好適な事例として「Y2K問題」がある。入念な危機管理対応の結果、旅行産業のみならず社会全体として、予想された事故やトラブルも発生せず社会的損失を蒙ることなく終了した。旅行会社としてまた産業界として、社会的責任を果たしたといえる。
21世紀に入り、ますます社会的責任を負うべき場面が出てこよう。その一つといえる環境上の負荷を軽減させる、または改善する運動を開始し、「ISO14001」を旅行会社として初めて取得したケースがある。これも社会的責任を果たす一つの方法であり、危機管理対応の一形態である。かくして、拡大傾向にある旅行産業として社会的責任の遂行がますます求められてくることになる。
了。
「参考文献」
<一般書>
「リスク・マネジメントと危機管理」 (中央経済社 武井勲著)
「リスク・マネジメント入門」 (日本経済新聞社 高梨智弘著)
「企業危機管理」 (ダイヤモンド社 三島健二郎著)
「企業危機管理の理論と実践」 (中央経済社 大泉光一著)
「企業リーダーのための危機管理マニュアル」(風雅書房 魚津欣司著)
「危機管理途上国日本」 (PHP研究所 大森義夫著)
「よくわかる旅行業界」 (日本実業出版社 小島郁夫著)
「海外旅行マーケティング」 (同友館 津山雅一・太田久雄著)
「旅行の法律学」 (日本評論社 佐々木正人著)
「国際ツーリズム振興論」 (税務経理協会 鈴木勝著)
<白書・ハンドブック・辞書・雑誌類>
「観光白書」(平成10年版・11年版・12年版) (大蔵省印刷局発行)
「週間 トラベルジャーナル」 (株式会社トラベルジャーナル)
「日本国際観光学会論文集」 (日本国際観光学会発行)
「世界と日本の国際観光交流の動向」(国際観光サービスセンター発行JNTO編著)
「JTB中国旅行10年史」 (株式会社JTB中国旅行)