<北東アジア国際観光フォーラム・発表内容>
第4回 北東アジア国際観光フォーラム
「北東アジア観光の振興手法」
―「連携とネットワーク」構築に焦点をあてて―
Promotional
strategies on Northeast Asian Tourism
-Focusing on establishment of cooperation and network-
大阪観光大学観光学部教授 鈴木勝
1.
はじめに
中国、韓国、モンゴル、ロシア、日本などの北東アジア圏に位置する国々の国際間交流が、ますます活発になっている。とりわけ、日中韓3国間は、各々の観光大臣相互の連携も相まって、最近、ますます盛んである。しかしながら、3国以外は毎年伸びつつあるも、絶対数は少ない観光交流である。日中韓地域圏は、従来、2国間の動きが中心であったが、近年、連携プロモーションが進みつつある。本年6月の観光大臣会議では、目標人員まで設定された。すなわち、「日中韓域内観光交流拡大計画」であり、2006年の3国間の往来は、のべ1,384万人に達しているが、これを2010年には1,700万人にしようというものである。
さて、今までこの「北東アジア観光フォーラム」は種々、討議を重ねてきたがそろそろ具体的なアクション・プログラムに入る段階であり、このように考えると、3カ国政府の前向きな意向の機会を捉えて、他の北東アジアの国々、すなわち、ロシア(極東)やモンゴルにも拡大し、共に振興策を展開させる絶好の機会ではないだろうか。また、今回の国際カー・フェリー就航を機縁に、北東アジアの活性化の具体策について考えてみたい。これまで討議を行ってきたが、北東アジア圏の国際観光振興上の行動のうち、もっとも重要なことは「連携とネットワーク」構築ではないだろうか。この問題に焦点をあわせて、いくつか提起したい。北東アジア観光圏は、確かに、政治的、経済的、社会的に問題が少なくないが、これからの相互連携とネットワークの進展いかんではEUやアセアンに匹敵するほどの観光交流圏が出来上がる潜在的可能性は大きいと考えている。
ところで、日本は、観光立国日本に向けて走り出した。本年1月に「観光立国推進基本法」が施行され、続いて「観光立国推進基本計画」が策定され、そして、2008年には「観光庁」がスタートする運びになり、一段と「観光立国日本」への歩みが強まってきた。今後は、日本のインバウンド観光に力点を置き、当面、「2010年にテン・ミリオン(1,000万人)」の訪日外国人誘致プランを目標とする。ビジット・ジャパン・キャンペーンがスタートし4年を経過、現在までのところ、官民による活発な活動と、円安などの追い風も手伝い、順調な伸び率で進んでいる。他方、日本人の海外旅行にも力点を置くが、1,700万人に到達しているがやや足踏み状態である。現状は、さしずめ、「飛躍のインバウンド」と「足踏みのアウトバウンド」と呼ぶことができるだろう。政府は、双方向交流が重要であるとし、”足踏み”状況の日本人の海外旅行者数を「2010年には2,000万人」という目標を高く掲げたところである。
2.
北東アジアにおける観光交流の現況と方向性
最近の北東アジアの観光動向は、図表1のような状況にある。また、UNWTO予測によれば、2000-2020年における国際観光量について、アジア太平洋は世界全体の中で最も伸長する地域であると見られている。
図表1 国際観光客到着数(アジア太平洋/北東アジアetc.)(単位:100万人)
年
地域 |
1990 |
1995 |
2000 |
2003 |
2004 |
2005* |
シェア
2005*
(%) |
伸び率
2005*/1990
(%) |
平均年間成長率(%)
00/05 |
北東アジア |
26.4 |
41.3 |
58.3 |
61.7 |
79.4 |
87.6 |
10.9 |
331.8 |
8.5 |
東南アジア |
21.5 |
28.8 |
36.9 |
36.1 |
47.1 |
49.3 |
6.1 |
229.3 |
6.0 |
オセアニア |
5.2 |
8.1 |
9.2 |
9.0 |
10.1 |
10.5 |
1.3 |
201.9 |
2.5 |
南アジア |
3.2 |
4.2 |
6.1 |
6.4 |
7.6 |
8.0 |
1.0 |
250.0 |
5.7 |
アジア・
太平洋地域 |
56.2 |
82.4
|
110.5 |
113.3 |
144.2 |
155.4 |
19.3 |
276.5 |
7.1 |
世 界 |
439 |
540 |
687 |
694 |
764 |
806 |
100 |
183.6 |
3.3 |
資料)世界観光機関UNWTO「2005年国際観光概観」(2007年3月発行版:UNWTOが2006年までに収録したデータ)
注)*は暫定数値
国家間の観光交流とは、人口差、経済的格差、政治的体制の相違があろうとも、一方的な流れでなく、双方に似通った人数が交流しあう形態が望ましい。そのような中にあって、北東アジアの観光交流は、どのような特徴が見られるであろうか。そして、どのような形が将来的に望ましいか、簡単なコメントを加えたい。
@「いびつな国際交流」
北東アジアの2国間の交流数値は、一方に偏した状態、いわゆるアンバランス傾向がある。その典型例は日中間であろう。すなわち、訪中日本人旅行者と訪日中国人旅行者であり、2006年の事例で紹介したい。
日本人海外旅行客:訪日外国人旅行者=1,753万人:733万人=2.4:1
訪中日本人旅行者:訪日中国人旅行者=
375万人:
81万人=4.6:1
日本人海外旅行のデスティネーションの中でも甚だしくイビツな実態である。一方、近年の日韓間ではバランスの良い状況にある(訪韓日本人旅行者:訪日韓国人旅行者=234万人:212万人となっている)。
したがって、北東アジア地域での今後の課題は、「いかに、一方に偏せず均衡を保って、双方交流ができるであろうか?」
A「シーズン波動が大きい」
中国、韓国、日本は年間の外国人受け入れにつき平準化されつつあるが、これは今までの観光プロモーションの賜物である。モンゴルやロシア(極東)は、冬季シーズンと他のシーズンでは大きな乖離があり、各種観光産業の稼動を考慮した場合、オフ時期の底上げが重要な政策である。したがって、北東アジア地域での今後の課題は、「いかに、1年中、オフのない観光デスティネーションにするか?」
B「観光産業の世界観光競争上における脆弱性」
*産業別その1.「旅行会社」 旅行企業には、一般的に送出国側の旅行会社があり、他方は受入側の旅行会社(ランド・オペレータ)がある。双方とも当該地域を活性化させるためには大きな役割を持つ。しかしながら、現行システムをアセアンやEUの他観光圏と比較すると、脆弱な面が少なくない。現在の旅行会社営業では、北東アジア全体をまとめる体制にはなっておらず、また、人材面でも観光プロフェッショナルが不足している。例を挙げれば、「中国」の専門家であるが、同じ北東アジアの「韓国」、「ロシア」に関して、十分なる専門的知識を有せず、またそれらを扱う組織にもなっていない。マルチ・デスティネーション・ツアーである「日本→韓国→中国→極東ロシア→日本」を考えた場合、現在の連携やネットワークでは、十分に企画・オペレーションはできない状況にある。
したがって、北東アジア地域での今後の課題は、「いかに、包括的に手配できる専門旅行会社を現出させることができるか?」
*産業別その2.「ホテル」 当地域では、中国を中心にして活発な国際ホテル建設の動きが続いているが、他方、ホテル・スタンダードの低い地域や国際ホテルの進出が遅れている国もある。シーズン波動の激しいロシアやモンゴルなどへのホテル建設の誘致のためには、年間を通じた旅行客の招来がどうしても欠かすことができない。したがって、一地域だけでない北東アジア全体の共同のプロモーション戦略がどうしても必要となってくる。外資系ホテル誘致を積極的に進め、当該地域のスタンダードを高める必要があろう。したがって、北東アジア地域での今後の課題は、「いかに、国際的ホテルを誘致できるか?」
*産業別その3.「航空および海上輸送」 北東アジアにおける航空会社も世界の潮流に合わせて、再編成、合併、アライアンス競争が展開されている。しかしながら、競争度合いは、他の地域と比較してむしろ遅れている。航空運賃レベルに関しても、世界の航空業界では遅れを取っている国々も多い。最近、北東アジア地域以外のEUやアセアンでは、格安航空会社(LCC)が地域の観光客の増加を牽引している。航空企業のさらなる活発化は、北東アジアの国際交流には必須である。また、当北東アジアで、勿論、航空も重要であるが、同時に、フェリーやクルーズなどの海上をもっと活用して、国際交流を活発にする手法がある。したがって、北東アジア地域での今後の課題は、「いかに、低廉な航空運賃・海上運賃が導入できるであろうか?」
*産業別その4.「政府観光局」 中国や韓国などの政府観光局はすでに活発な動きを示し、国際観光総数を伸ばしつつある。日本(JNTO)も2003年以降、ビジット・ジャパン・キャンペーンの掛け声とともに上昇過程にある。その他、モンゴルやロシアなどの観光局は、観光振興に力を入れだして間もないが活気が出ている。国別で動きを示しているが地域全体の動きはない。ここで、北東アジア全体の観光戦略策定やプロモーションを大局的に行う総合的プロモーション・センターがどうしても必要となってくる。したがって、北東アジア地域での今後の課題は、「いかに、地域全体の国際観光振興を行うことができるか?」
C北東アジア地域の観光に関する情報・統計データが少ない。
現在、一般的観光情報の発信は、アセアンなどの観光圏と比較して極端に少ない。また、当該地域一体となったマーケティング・データや観光統計はほとんど存在しないし、複数国をまたがるツアー企画に関しての情報も皆無に近い。例えば、どのようなツアーが評判を博しているかほとんど知られていない。また、旅行実施を左右する「安全・危機管理」に類するものも少なく、今後、積極的に発信する必要がある。日本人海外旅行者の例をとれば、海外旅行を阻む最大の要因として「治安が心配である」がトップになっていることは周知のこと(JTB
Report2006)。したがって、北東アジア地域での今後の課題は、「いかに、地域全体の観光に関する情報・統計類を発信できるか?」
3.
連携とネットワークによる観光活性化手法
3−1.人的・組織的観点
3−1−1.産官学における連携とネットワークの構築
連携とネットワーク拠点を設置するために、「共同プロモーション・センター」を早期に北東アジア地域内に設立することである。形態は種々想定されるが、全ての国が積極的に参画できる形を構築する。現在、日本では地方自治体をとっても、人材、資金、智恵が分散化されているが、これらを集約させる段階に到達している。まず、北東アジア全体の観光を押し上げるための諸々の情報提供やプロモーションの機能作り、そして、域内における観光プロフェッショナルの養成が急務である。北東アジアでの国際観光関連者としては、一般に、「官(国+地域政府)」+「参(航空会社+ホテル+旅行会社+クルーズ/フェリー+その他)」+「学(大学+研究機関)」であろう。その中で、「官」の意思が大きな存在である。ロシア(極東)や中国(東北)では、地域のリーダーシップが強くなりがちであるが、国家の観光戦略のなかに強く組み入れる必要がある。特に、北東アジアの国々では観光振興面で考えるべき事項として、渡航に関する規制上など国家としての課題が少なくないからである。「参」にあっては、幅広い分野をいかにまとめるかどうか。「学」は、3つの関係者をいかに結びつけるか、研究の余地がある。他方、連携とネットワークの構築の人材養成面で力を発揮して欲しい。
3−1−2.直接投資による連携とネットワークの構築
旅行会社、レストラン、バス会社、フェリー/クルーズ会社などの分野で、合弁・外資を積極的に行い、連携とネットワークを構築する。旅行会社に関して、中国では北京・上海を中心としているが、東北部にも今後は必要である。また、ロシア、モンゴルなどの観光産業の相互投資があれば、当該地の観光は促進されるであろうし連携とネットワークが拡大される。多国間協力・地域協力が必要なのである。近年の事例としては、韓国人訪日旅行のために、韓国旅行会社による日本でのバス会社投資や日本の旅行会社との連携などがあるが、これらは日本のインバウンド産業に刺激を与えており、誠に好ましい現象である。今後、アセアンなどで見られるように、欧米などの域外からの進出も大いに期待したい。
3−1−3.人的な連携と人材養成
観光産業のプロフェッショナルが、北東アジアで欠如している。一国一地域に偏しない、全域に熟達した観光プロフェッショナルが必要である。秀でた人材の養成は、短期間では困難であり長期計画を立てることが肝要である。スタート段階では、地域内でホスピタリティ分野において先進的な国にリーダーシップやコーディネーター役を依頼することが早道である。また、北東アジアのレベルアップのために、域外の観光プロフェッショナルからの支援を得ることも積極的に考えるべきである。すなわち、産官学いずれの分野でもよいから、総動員で、人材育成にまい進すべきである。なお、最近の日本の大学では観光大学・学部・学科の増設が急速に進んでおり、観光プロフェッショナル養成に走り出してきた。国際観光分野では、他の産業以上に人的な連携とネットワークが成功・不成功を左右すると言って良い。
3−2.販売促進的観点
3−2−1.販売促進的連携とネットワークの構築
*「観光企業アライアンス」の推進 当地域の課題としては、シーズン・オフ期での底上げである。この実現は一国一地域だけではかなり困難であり、これこそ地域連携とネットワークが発揮される場面である。航空会社、ホテル、旅行会社などの連携ある「冬季特別価格」、「北東アジア周遊航空運賃」、「冬場イベント作り」がこの課題を克服する戦略である。また、企業のアライアンスが見られている。特に、世界の航空会社間では活発な動きを見せているが「クルーズ/フェリー+航空会社」のアライアンスは、まず見かけないといってよい。競争関係であるのでなく、例えば、往路はクルーズ/フェリーで、帰路は航空機で、すなわち、「FLY+CRUISE」である。割引スペシャル料金の開発はどうであろうか。北東アジア地域はこの種の運賃の可能性は極めて高く効果を発揮する。このユニークな「航空+クルーズ/フェリー」コンビネーションを提唱したい。このようにすれば、懸案の「コンビネーション(複数訪問国)ツアー」開発も活発になってくること間違いない。合わせて、列車やバスなどとの合体も加われば、ますます良い。現地に到着後は、種々の「オプショナル・ツアー」も当然準備することである。例を掲げれば、中国東北部を訪問時にオプショナル・ツアーとしてロシアへの「国境越えツアー」を安価で楽しむツアーが簡単にできることである。当該地域でこの種の旅行が開発されれば、魅力が倍加し旅行者が飛躍的に増加することは間違いない。なお、この形態のツアーが実施されるには、ビザや出入国手続きの簡素化が前提になることはいうまでもない。
*「シーズン・オフ対策キャンペーン」での連携 “真冬の北東アジアはすばらしい”とこんな気持ちで、魅力的なウィンター・スペシャル価格を考案し、「冬季イベント」を共同で催したらどうであろうか。当北東アジアの観光産業者によるシステム作りの新たな挑戦である。
3−2−2.販売促進的連携とネットワークによる魅力的な旅行商品造成
マルチ・デスティネーション旅行やマーケットに合致したツアーに十分対応できる体制のためには、全北東アジアにネットワーク拠点を有するプロフェッショナルな観光企業が必要となってくる。
*「マーケットに合致したツアー企画」 「観光資源のネットワーク化」に、よりシフトした商品企画が必要である。例えば下記のような商品配列である。
@)「都市型」、「歴史/文化/世界遺産型」、「エコツーリズム/グリーンツーリズム」、
「国境ツアー」、「青少年修学旅行」、「列車の旅」、「クルーズ」
A)「スケルトン(骨組み)型ツアー」から「グランド・ツアー」まで
B)「初心者」、「リピーター」、「FIT(個人旅行者)」
北東アジア観光圏では、「FIT(個人旅行)」や「スケルトン(骨組み)型ツアー」などの個人旅行志向が急激に高まっている。すなわち、海外旅行のリピーターが増加するに伴い、団体でまとまって行動するよりも個人の自由をより尊重する形態の旅行である。
*「トライアングル/マルチ・デスティネーション型ツアー」開発 北東アジア地域では極めて重要な種類となるツアーである。しかしながら、4カ国以上を巡るようなツアーは、国際旅行の進展プロセスから言えば、決して増加するとは思えない。リピーターの増加に連れて、モノ・デスティネーション化される傾向にある。当北東アジアで、トライアングル型、もしくはオプション形式における現地参加型で複数地域を巡る旅行形態を積極的に進展させる必要がある。
4.
まとめ
連携とネットワークを構築することにより、北東アジアの国際観光振興は大きく前進することは間違いない。これにより、第1義的には、経済的側面での外貨獲得や雇用創出の効果が現実的に大きく現れるだろう。同時に、伝統文化や自然を保持する社会文化的・自然環境的側面も推進されるであろう。しかし、それ以上に効果を期待できるのは、観光プロモーションや外国人の受け入れを行う協力体制の中にあって、北東アジア諸国相互の「理解・協調・協力」の効果が際立って出てくるであろう。かくして、観光交流や理解の深化を通じ、当地域内の国際平和の基盤がさらに固められていくことになると信ずる。(了)